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相手を愛すること、それは自分自身の為でもある

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「自分の目に映る人々は、自分の心の鏡」の続きです。

 

自分の心の外の人物に投影してその人自身の一面を見ているだけ

もし、何かに怒っている人を見たら、その人はその人自身の中のもう一人のその人自身に怒っているだけなのです。

何かを妬んでいる人、恨んでいる人、憎んでいる人、これら全て同じです。

その人の中に居る癒されていない自分、自己否定の価値観に縛られ苦しんでいるその人自身なのです。

それを自分の心の外の人物に投影してその人自身のネガティブな一面を見ているだけです。

 

故に、もし、あなたが憎まれてもその人を憎み返してはいけません。

 

憎しみで返してしまうなら

あなたの中に自己否定が残っていないのならば、その人を愛することで応じるはずです。

しかし、憎しみで返てしまうのなら、未だに残るあなたの中の自己否定で苦しんでいるもう一人の自分に気づいてやってください。

そして、その自分をあるがまま愛して癒してください。

 

それが出来たら目の前にいるあなたを憎む人を「あなたは、あなたでいい。」とあるがまま愛してやってください。

そうすればあなたを憎むことを止めるでしょう。

 

ひょっとしたら、あなたがその人を愛したことでその人の心が癒され、あなたを愛してくれるようになるかもしれません。

 

 

一時的に立ち去ることもある

もし、それでもその人があなたを憎むのが止められないのなら、その人はあなたの前から立ち去ることになるでしょう。

なぜなら、心が開いている(自己肯定)人の傍に心が閉じている(自己否定)人が一緒にいることは、自己肯定の人が放つ雰囲気が腹立しく耐え難いものに感じて仕方ないからです。

それは気の合わない者同士は、まるで水と油と同じで分かれてしまうのが自然だからです。

 

誰も相手を変えることはできません。

しかし、こちらの心が変われば(癒されれば)相手の心も変わってくれることはあるのです。

だから例えあなたの元から去っていった相手でもあるがまま愛し続けてください。

 

人は幸せでいたいものです。
自分を愛してくれる人を憎み続けることはできません。

時間は掛かることもありますが、いずれその気持ちは伝わり相手もあなたを理解してくれ関係が改善することもからです。

 

相手を愛すること、それは相手の為でもありますが、結局は自分自身の為でもあるのです。

 

 

<お願い>
このブログは私のひとりごとです、私の個人的な価値観を気ままに書いてあるだけです。
元々は「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望から書き始めたものです。
従ってブログの内容は会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、このテーマについて全く私と会話をしたことが無い人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与え不快にさせることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると大変ありがたいです。

 

 

 

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