院長のプロフィール2 :追記(2017.12.30)

前ページの「院長のプロフィール」の内容は、当院のHPを7年半前に製作した時点のものです。
あれから約7年半が経ち内容に加筆することが出てきたので、この度HPをリニューアルするにあたり下記を追記します。(2017.12.30)

 

心の癒しが病気を治すことに気づくまで

前のページ「院長のプロフィール1」において、「私はとても前向きな人間で、私の身体的症状の全てを自分が身に着けた鍼治療(経絡治療)だけで簡単に治した」という様な印象を与えていますが、正確に言えば違っています。

HPを読んで当院に訪れる人の一部の方には、このような誤解を与えてしまっていることが、この約7年半の間で分かってきたので、こ誤解を訂正するために下記の説明を今回付け加えることにしました。

 

気づく前の私の心と身体について

私は30才代半ば、あることが原因で人生に躓き心を病んだ経験をしました。

この頃、前ページ(プロフィール)に書いた持病は悪化しました。

特に頚椎症(ヘルニア)と慢性前立腺炎はひどく、首や肩甲骨周りの筋肉は常にガチガチ、特に調子の悪いときは首の痛みで眠れないことが何日も続きました。

慢性前立腺炎では陰部を何とも言えない鈍痛がずーっと襲い、それが一向に治まらないのでイライラが募りちぎり取ってしまいたいと思うことも何度もありました。

この様に心と身体の両方に悩まされ、且つ、始めたばかりの仕事の方も何をしてもうまくいかなく経済的にも大変苦しくて当時の私の人生は最悪の状況でした。

残念ながらこんなときは、薬はもちろんいくら鍼をしても私の身体は一向に改善はしませんでした。

 

最悪な時期

正直、生きることが嫌になり苦しみから逃れるために「死にたい」と考えることも度々ありうつ状態でした。

しかし、私に死ぬ勇気はなく、かといって自分を信じ生きる力もなく、ただ自分の弱さや訳の分からない運命に無性に腹が立ち、その一方で、元来の独善的な私の性格が災いして過去の自分の生き方について自分自身を容赦なく責め続けていました。

それが苦しく耐えれなくなると次は、他人や社会、時には神様や運命に対し自分の不幸の原因を責任転嫁し逃げていました。

しかし、そのことへの罪悪感が新たに起こり、また自分を責めることになるという不毛なことをずーっと繰り返ししていました。

それでも何とか心と身体が少しでも楽になりたくて、この人生の負のサイクルからの脱出のため、自分なりに必死でもがいていました。

 

もがき期

こんな心の状態を人に話すことは殆どしませんでした。

それでも初めの頃は、悩みを話したことはありましたが、どんどんエスカレートする私の負の感情を伝えても理解されることはなく、脱出すつヒントが得られることはありませんでした。

ただ相手に不安や心配だけを与え迷惑を掛けていることに気づき、そのことで反って罪悪感を覚え、益々苦しくなるのでいつしか人に話すことを止めてしまいました。

そして、それまでとは逆に、これ以上自分の弱さを知られるのを防ぐため、そして周りに心配を掛けないようにするために、私の元来の性格(虚勢と独善)から生じた小さなプライドが平然な顔をする仮面を心の中で作り出し、私はそれを心の中で被って平然として態度で日常を生きるようになっていました。

でも、そんな偽りの心では、依然、仕事以外では他人と会う気力は全くなく人と会おうとは思えなくなっていました。
そうかと言って、仕事も暇なので時間だけが腐るほどあります。しかしお金が無いので身を置く場所がありませんでした。

仕方なく暇な時間を潰すために河原や高架下などに車を停め、その中で人生の意味(生きるとは?死とは?病気とは?人間とは?など)をずーっと一人で考え自問自答していました。
(元々、10代の頃からこれらを考える癖はありました。)

でも、こんな問いに直ぐには答えなど出ません。

むしろ心はどんどん藪の中に入っしまい、ヒントを求め本嫌いな私が手当たりしだいに様々な本(気功や気に関する本、心理学、簡単な仏教や道教、老荘思想、スピリチュアル、武道など体の動きや意識に関する本、エッセイ、など)を読みあさりました。

一方、全く興味の無かった人生を語る映画を見たり、漫画も読んだり(それまで漫画はあまり読んだことはなかったですが色々読みました。)して、その中で自分の内面を見つめることを否応なしにしながら、ふと気づくと悶々とした気持ちで5~6年を過ごしていました。

この間、先の持病以外にも帯状疱疹や痔の悪化で手術と入院、溶連菌で入院するなど健康面はさんざんでした。

 

気づきと回復

しかし、これらの自問自答()するもがきの甲斐あってか、いつしか身体、心、意識、気というものを自分なりに解釈して理解し、自分の心を調えるコツを自然と身に着けることができるようになっていました。

(※:実はこの自問自答する内に、自分を責める自分以外に自分の中で質問に答えてくれるもう一人の自分の存在に気づいたのです。つまり責める自分答え教えてくれる自分の両方がいたのです。それらを今では、自己否定自己肯定の価値観と私は呼んでいます。感情を指針に自分の心を探れば誰の中にも存在しているものだと思います。このことをカウンセリングで説明しています。)

そして心が少しずつ楽になるにつれ不思議と自分に対する鍼治療に効果が出てきて徐々に様々な症状は治っていきました。(鍼の方法自体は全く同じ経絡治療です)

それに伴い人生の状況も徐々に良くなっていきました。これが私が40才前後の頃です。

 

自分の体験を臨床へ応用、そして確信へ

この40才の時、5年間出張専門で治療をしてきた事を止め、代わりに今の場所に治療院を開院しました。

開院当初は良い結果が出せていましたが、徐々に難しい症状の患者様が来られ自分の鍼治療では今一つ効果の出ないケースも現れてきました。

このように治療に行き詰ることが多くなった私は、何とかしたい一心でいつしか自分の経験から得た知識や人生観を中々効果が出なかった患者様に少しずつ話すようになりました。

すると患者様のお気持ちが少しずつ変化していくに従い、不思議と患者様の症状も改善することが起こるようになり、患者様はもちろん私も驚き喜びました。(もちろん、経絡治療自体は全く同じです)

これらの経験を何度かする内に私は、気というものの本質を理解し「病は気から」は単なる諺や迷信ではなく真実を語っていることに気づき、「病気は体からのメッセージである」という様に捉え、心の癒しが病気を治すことに繋がると確信することになりました。

そして、この「病は気から、病気はメッセージ」ということを伝えることが目的で自然発生的に当院の独自のカウンセリングが始まり、今ではご要望のある方には、経絡治療をするだけでなく時間の許す限りお話をさせてもらっています。

 

本当にお困りの方へ

この様に、私の身体は単に経絡治療だけをして治ったわけではありません。

上記ではかなり省略していますが他にも様々なことを自分なりに調べ、そして体験し試行錯誤しながら、自分なりに人生の意味(生きるとは?死とは?病気とは?人間とは?など)の問いに答えを見つけて、治療には心の癒しが不可欠であると至ったのです。

もちろん、病気の根の浅いものなら心の癒しなどなくても身体への治療だけで十分に良くなります。

 

しかし、今まで様々な治療を受けてもなかなか改善しなくて本当にお困りの方は、これを読んでみて、今一度ご自分の心と身体、病気についてをお考え下さい。

もし心の癒しが健康の回復に繋がると思えたなら、微力ながら精一杯お手伝いさせていただきます。

 

今の私の心と身体について

視力ですが、現在51才になり最近老眼が出てきました。これは病気でなく人間の身体の自然な変化なので治すことはできません。

一方、上記のその他の症状は、今も問題はありません。

ただ、この7年半の間に、右の四十肩(スキーの転倒と合気道で右肩を傷めたのが原因で発症)、左膝痛(これもスキーです)、左股関節の亜脱臼の癖と痛み(20才代に起こし、40才代に再発)などを起こしましたが、いずれも自分で経絡治療をして治しました。

尚、私も人間です。完全ではありません。心の乱れはあります。当然、それに伴う身体からの小さなメッセージ(首凝り、頭痛、腰痛など)はありますが、その時気づいたバカバカしい自己否定の価値観を手放し自分で治療すれば直ぐに治ります。

ということで、今51才(2017.12.30現在)の私は、20代~40才までの自分と比べれば心身共にとても健康と言えます。

 

最後に

この「院長のプロフィール2」に書いてある私が心を病んで苦しんでいたことは、ここ3~4年前まで誰にも話していませんでした。

ただ最近では「過去の自分のことも話した方がいいな」と思えた一部の患者様には話しています。

この度、HPにも簡単ながら書いた訳は、私自身がやっと最近になって自分の負の面もしっかり受け入れられる心の余裕が出来たことに自分が気付いたからだと思います。

つい最近までの私には、どこかまだ小さなプライドが残っており「治療家は強く安定していなければならない、いたずらに不安を与えることは誤解を招き、自分や読者に両方に良くない」という狭く否定的な価値観に囚われ続け、自分のHPに書くことに躊躇する気持ちがありました。

しかし、「むしろ私の過去をあるがままをお伝えした方が、同じように悩んでいる人には良いのではないか」と思う気持ちが強くなり、やっと狭く否定的な価値観を一つここで手放せたということです。

 

私も一人の人間、完全完璧ではありません。まだまだ未完の発展途上の者です。

いつも分かった風に偉そうにブログを書いてますが、私の心にも自己否定の価値観はあり、今なお私を惑わし悩ませ苦しめます。

こんな私の中の自己否定の価値観は、ひょっとして一生かかってても全て無すことは難しいと思います。
しかし、それらに気づく毎に一つ一つ受け止め、そして手放すほど心が楽になり、人生が、この世界が、出会う人々が、良い意味で違って見えることは事実です。

これからもこの地道な心の作業(受け止め手放す)をしながら、あるがままの自分を受け入れて心に素直に正直に気分良く生きていこうと思っています。

尚、私が治療中に話している内容(いずれも私の個人的な価値観ですが、気とは、気の高め方の要点、心の調え方、人生観、死生観など)を詳しく知りたい方は、「アーカイブ(旧ブログ)」や「ブログ」に書いてありますのでそちらもご参考にしてください。