※「要は、私自身の問題である」の続きです。
類は類を呼ぶ。
気が合うもの同志は、自然と集うものである。
心が平和な人には、心が寛容な人が寄ってくるから、
そこにはきっと平和な人間関係が起こる。
一方、自分の価値観だけしか認めない独善的な人には、
似たような心が狭い人が寄ってくる。
残念ながらそこには揉め事しか起こらない。
人生は自分の心の投影、正しくその通りである。
そして、心は身体にも投影される。
イライラした心なのに身体だけが絶好調である訳がない。
平和な心こそが健康な身体をつくる。
癒された心、つまり平和な心こそが病んだ身体を治すのである。
今はまだ、
なぜ人がこの世に生まれるのか?
そして生きる意味とは何?
どちらもハッキリと私は答えられない。
でも心の平和を選ぶことが、
自分の人生を少しは好いものし、健康に繋がるのなら、
そのことを大切に生きようと私は思っている。
終わり
(※これは2016-09-01のブログ記事です)
<お願い>
これは「ひとりごと」として、その時の私の伝えたいことをランダムに採り上げ書いたものです。
もちろん、治療中にお話ししたことでもありますが、テーマについて全く私と会話をしたことが無い人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けるようお願いいたします。