①治療中の話(新アーカイブ)はどこかで学ばれましたか?

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随分遅くなりましたが今回はGさんからのご質問、
「①治療中の話(新アーカイブ)はどこかで学ばれましたか?」
についての答えです。

 

私の治療中の話は、実は私の体験に元づいているものです。

私は30歳半ば頃、人生に躓き、体だけでなく心を病んだ経験があります。
そこからの脱出のために自分がしてきたことを患者さんに話しているだけです。

だからこれといった元ネタになる本は残念ながらありません。

 

それでも参考になった素晴らしい本は何冊かありますので、
「②そのようなことを学べる書籍はありますか?」
のご質問の答えを書くときにご紹介いたします。

その前に少し私について書いてみます。(以下、長文注意)

 

気とは何かを知りたい!

ご存知の通り私は鍼灸師です。

それも気を扱う伝統的な鍼灸をする経絡治療の鍼灸師です。
(経絡治療についての説明はネットで調べてください。)

日本人である私は気という言葉は知っていても、
気というものは具体的にどんなものなのかは
全く分かりませんでした。

 

この得体のしれないものを理解するには、
昔からの東洋医学で伝えられている気の概念だけでは
現代人の私にはどうしても納得でませんでした。

いくら東洋医学を学び気に対する知識を覚えても
実感がなければ意味がない。
言い伝えでなくて実感として気を理解したい、と思ったのです。

それが出来れば、
当時まだ経絡治療家として駆出しの私も
より効果のある治療が出来るのではないか!と思ったのです。

 

心が病んでいた時期でもあった

一方、先にも書いたように
当時の私は人生にも躓き、
身体だけでなく心も病んでいた時期でもありました。

そのため首の症状は悪化し
痛みで眠れない日々を過ごしていました。

このとき自分で自分を治療しても身体は治らなかったのです。
先生に治療をしてもらっても、残念ながら良くなりませんでした。

 

何をしても中々治らないことに焦りだし、
出口の見えない状況に心は益々辛くなり、
それに伴い首だけでなく様々な症状が現れ
身体的にも苦しさは増す一方でした。

始めたばかりのこの鍼灸師としての仕事も全く上手くいかず、
経済的にもかなり苦しくなっていきました。

私の30才代半ばの頃は本当に何をやっても望むようにはならず
自分の将来が本当に真っ暗に感じ、常に心はもがき苦しんでいていました。

 

独学で学ぶ

私は元々、我の強い独善的なタイプの人間です。

何かを教えてもらう、習うにしても、
素直に丸々受け入れることが出来ないのです。

まぁ、今思えばその性格が人生の躓きの原因になったんですがね。

そんな性格のため、気を学ぶ目的で
何処かのセミナーやワークショップに
自ら参加して学ぶということが考えられませんでした。

ましてや気なんて見えないものを学ぶのに
誰かの考えを鵜呑みにするなんてバカバカしくて
できなかったんです。

 

それでも自分なりに気を理解しそれを体験したい
と思っていたので独自で勉強しました。

読んだものは、気を題材にした様々な本、心理学、医学系、
仏教関係の本、老荘思想の本、
いずれも私でも読める素人向けの優しいものですが読みました。

そしていつしか精神世界、
つまりスピリチュアル系の本も読むようになりました。

 

本以外では、
何か気を理解するヒントになれば!と思い、合気道も始めました。

だから他の練習生と違い、自分が強くなることを目的とせず、
私は身体の実践的な動き仕組みを学ぶこと、
そこに影響する意識は?感情は?思考は?などを
道場練習しながら独自に研究しました。

 

患者様との実際の会話が一番大きな影響

結果から言うと、
この中から「これが私の話の元ネタだ!」
という本や限られた経験はありませんでした。

というより全てが少しずつ影響し合って
私の考え方を変えるヒントになっっていったと思います。

そしてその中で一番影響のあったのは?とあらためて振り返ると、
それは
毎回患者様と実際に会話をしてその話の中から生じる気づきが
私自身の考え方を少しずつ変化させ創りあげていった、と思います。

 

私は昔から自問自答する癖があります。

これ自体は誰にでもあることだと思うのですが、
自分的には「俺は異常じゃないか!」と思えるほど
自分に尋ね、そして自分に答えています。

心が最悪のときは、
その癖が自分を更に苦しめることになっていましたが、
その反面、
自分の内側を視ることにもなり、気づきの切っ掛けにもなりました。

 

罪悪感と自己嫌悪に襲われる

私の治療スタイルはマン・ツー・マンです。

往診で治療の仕事をしている時代、
人によっては患者様と一対一になります。
そんなとき色々とご質問を受けることがありました。

人は何故生きるのか?
なぜ生きることは苦しいのか?
など簡単に答えられない問いをされることが度々ありました。

 

先にも書いたように
自分も人生に躓いてもがいているのに
答えなんて分かりません。
自分の方が知りたいくらいです。

でもそなんことを隠し
偉そうに最もらしいことを私なりに一生懸命に答えていました。

その甲斐あって、
なんとなく納得してくれることや大変喜ばれることもありました。

 

私は何事も悟った様なふりを装いながら
患者様の家をあとにして帰るのですが、
いつも帰りの車の中では、
先程、偉そうに答えたことへの罪悪感と自己嫌悪が襲ってきて、
いつも車を路肩に止め、嘔吐(何も出ないけど)や嗚咽してました。

「何にも分かっていないくせに何偉そうにしているんだ!」
と容赦なく責めてくるのです。

我が強く独善的なので自分に対しても容赦はありませんでした。

本当に、うわーっと叫ばずにはいられない心境で
実際に車の中で大声で叫んでいました。

端から見ると危ない人でしょうね。(;^_^A
だから高速道路の下の道や川原に車を止めて、一人で叫んでいましたね。

本当に辛く苦しかったです。

 

自分に答えるつもりで話せばいい

そして何度もこんなことを経験したあるとき、
ふと
「患者様に答えるのでなく、自分に答えるつもりで話せばいい」
と心に浮かんでから、なんだか心の苦しさが和らぎ、
それから自分に答えるように話し始めました。

 

はじめはぎこちなく上手くいきませんでしたが、
何度かそうしてゆく内に
患者様の悩みに答えているはずなのに
自分の心が徐々に楽になっていくことに気付きました。

もちろん
患者様も気持ちが落ち着いていることにもなっていました。

 

とは言っても、私は特別なことは何も話していません。

言われれば、そんなこと当たり前のことだ、
と誰もが思うことを話しているだけなんですから。

ただ、話し方が自分自身を慰めるように話したから
説教っぽくならずにきっと聴きやすかったんだと思います。

 

自分の感情に素直になる

そしてこんな経験を何度も繰り返す内に
「自分の心が一番大切、
 そのためには感情に素直になることが一番大切である!」
と思いました。

先程も書いた通り、私は自問自答する癖が異常にあります。

この気付き以来、
今というこの瞬間に感じる気持ち・感情を指針に
自分の心の中を探るようにしはじめたら、
無意識のうちに自分を苦しめ続ける価値観の存在に
気付けるようになりました。

そしてそれが出来はじめると
自分を慰める価値観にも気付けるようになりました。

なぜなら自分を慰める価値観は、
苦しめる価値観の180度反対の価値観のことですから
自ずと気付けるのです。

 

私は今も感情を指針に自分に問うています。

少しでも心が気分が楽になるように
自分の中にいる本当の自分に問うています。

患者様との会話の中でも、
常に自分の中にいる本当の自分に問いながら答えています。

 

心の視野が自然と広がり捉え方が変わる

先に書いたように
患者様との会話が自分に影響を一番与えることになった理由は
このことからなのです。

そして徐々に私の中の価値観が
少しずつ楽なものに切り替わるにつれ
心の視野が自然と広がり物事の捉え方が変わっていきました。

だから古い順にブログのアーカイブを読んでいくと
経年ごとに少しずつ私の考え方が変化していることが分かると思います。

このように人の心、価値観は変化し成長するものですから、
それが後からでも分かるように
敢えて古いブログも私は残しているんですけどね。

 

少々説明が長くなりましたが、
これらのことを経て私は徐々に自分の心を感情を指針に見ていき
私を苦しめる価値観を少しずつ変え、
自分で癒していき、自分で心の苦しみから脱出していったのです。

 

今も常に実践しています。

ただ、まだまだ私の心の無意識の領域には、
私を苦しめる固定観念が眠っています。

それが私が日々生きる中で
様々な悩み事やトラブル、身体的な症状として表に現れてきます。

私はその一つ一つを
「いいじゃないか。誰も何も悪くないさ。
 心配はいらんよ。なんとかなもんだよ。」
と手放し心が少しでも楽になる様に切り替えています。

この心の作業には終わりがあるかどうかは今の私にはわかりません。

でも一生掛けて行っていけばいいと思っています。

 

一つ一つ切り替わるにつれ
心は少しずつ楽になっていくので決して辛い作業ではないのです。

むしろ幸せに生きていく為の作業なので喜ばしいことである、
と感じていますので、私自身、今も実践し続けています。

もちろん、間違いや失敗は今もあります。
上手く切り替えれないときもあります。

 

人に偉そうに語ってもできないこともあります。

そんなときは、
「今はこれでいいんだよ。
 イライラするなら飽きるまでイライラすればいいさ。
 なーんも悪くないさ。
 その内出来るさ。
 さぁ、今やれることをやっていけば、それで充分さ。」
ってな感じで、
あるがままの自分を受け入れ本当に飽きるまでイライラしています。

ネガティブにしっかり浸っています。

すると不思議なことに、
いつしかバカバカしくなってきて、イライラを自然と止めています。

 

答えは全て自分が知っている

まぁ、こんな感じで
自分と語り合いながら私も日々生きています。

するとなんとなく、ふっと色々な考えが浮かんでくるのです。
まぁ、それをブログに書いたり患者様に話したりしているだけです。

月並みな言葉ですが、
「答えは全て自分が知っている」ということです。

いかに自分の中にいる
答えを全て知っている本当の自分の価値観に気付くか!
ということです。

 

それを私の場合は、
今の自分の感情を指針に探っているのです。

これはこれでいい。
あれはあれでいい。
それはそれでいい。
って感じで手放せるものはどんどん手放して、

心を軽くして、
心を柔らかくして、
心の視野を大きくしていくことで
気付きを得られるようにしているのです。

 

いつが心の整理に向いているのか?

じゃぁ、いつが心の整理に向いているのか?

私は散歩が好きなので
散歩中にこのことを行って心の整理をしています。

「いいじゃないか!かまわんさ。」
って、心の中で浮かぶ出来事に対して呟いて手放しています。

歩きながらすれ違う人々や車に対して
「俺もあなたも、
 みーんな、誰もが、ありのままでいいんだよな~。」
って思いながら歩いています。

だから毎日少しでも歩くのです。

健康の為でなく自分の心を癒す為に私は歩くのです。

そして
私の心が癒されると私の身体は元気に健康になるのです。

 

私の心が癒えるにつれ、私の身体と私の人生も変わった

この様なことを経て
私は結果的に自分の心を癒すことになり、
それと伴に自分自身への鍼治療も効果が現れ、
首をはじめ他の症状も良くなっていきました。

それが
「病は気から」「病気はメッセージ」の気づきになりました。

もちろん患者様への鍼灸治療の効果も良くなっていきました。

 

当然、価値観が変われば物事の捉え方も変わります。

私の独善的な面が少なくなっていくにつれ
自ずと人生の面も変わり不思議と仕事面やプライベートも改善されていきました。

 

この様な私の実体験が
今の自分の治療の基本方針になっており、
聴く意思のある患者様にはお話しをしながら治療をしています。

 

こう書くと今では順風満帆のように思えますが、
それでも私の中の自己否定の価値観や独善的な面が
時々顔を出してきて治療や会話が上手くいかないことや
プライベートの問題や悩みも起こります。

それでも諦めず、
その都度一つ一つ自分を苦しめる価値観を手放して
自分の心を癒しながら、自分の歩幅で歩き、日々を生きています。

以上

 

すみません。
思ったよりかなり長くなりましたが、これがご質問①への答えです。

ご質問②の本の紹介は記事が完成しだいアップします。

 

(※これは2017-05-15のブログ記事です)

 

<お願い>
これは「ひとりごと」として、その時の私の伝えたいことをランダムに採り上げ書いたものです。
もちろん、治療中にお話ししたことでもありますが、テーマについて全く私と会話をしたことが無い人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けるようお願いいたします。

 

 

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