お葉書をいただきました
関西在住のGさんという人から
4月の中ごろに突然お葉書をいただきました。
そのお葉書には、
「人生は最善なことばかり」でネットを検索したら
当院のブログ記事がヒットしたそうです。
そして当院の他のブログ記事も読んだら
Gさんのお気持ちが少し緩んだのを感じたそうです。
そして翌朝、
いつもより腰の痛みが和らいで起きることが出来きて驚いた。
という主旨のことが書かれていました。
このお葉書を読んで私は、
「あんな拙い文章でも誰かの役に少しでもなってたんだ。」
と思うとなんだか嬉しさと照れ臭さを感じましたね。
それと「ネットって凄いなー」と改めて思いました。
ご質問に答える…?
ただ、Gさんの葉書には
ご質問というかリクエストも書いてありました。
実は私は、それに対して答えるかどうか、
はじめ戸惑いと迷いがありました。
それは文章を書くのが苦手な私が
Gさんのことを何にも知らないのに
ご質問に対してご期待の的を得て答えることが出来るか?
ということです。
考えすぎと言えばそうなんですが、
ただ以前、電話で知らない人からブログについて
問い合わせがあったとき私は答えたのですが、
その人に上手く伝わらなかったことがあるのです。
何だか誤解を与えただけで終わってしまい
心残りになった記憶があるのです。
いつもの患者様との会話でも誤解は生じます。
直接、顔を見て喋ってもそうなのです。
お互いの価値観のズレに比例して誤解が生じてしまうことは、
どうしても避けがたいことなのです。
だから私は相手の反応をみて、
私の表現の仕方、内容の深さ、例え話等を患者様に合わせて変え、
少しでも私の真意が伝わるように工夫して話すことに
気をつけています。
それでも誤解は生じ不快にさせてしまったことが何度もあります。
当然、ブログだと一方的になってしまいます。
誤解が生じてもそのフォローができなくて難しかな、
ましてや文章が苦手な私には尚更のこと難しいな~、
と思えたのです。
ただ、この憂いより
少しでもお役に立てた嬉しさの方が結局は勝って
Gさんのご質問にお答えすることにしました。
よくよく考えれば
ご質問自体もごく普通なものであり、
決して難しいものではないので
私が杞憂になっているだけだと思えたからです。
手書きで書いてみる!
話は変わりますが、
手書きの葉書を頂くことは嬉しいですね。
メールでのやりとりが当たり前の時代に
書き手の個性が現れる手書きの文字には、
なんだか暖かさが感じられ、
読み手にそれだけで幸せを与えることになるんだ、
と今回のGさんお葉書で気づかされました。
そんな気持ちになったので、
私は、上記に書いた内容を今回ブログにアップする前に
手紙にダラダラと直筆で書いてGさんにご返事しました。
今まで3回ほどお電話でブログについての質問がありましたが、
皆さん匿名です。
個人情報の保護について誰もが神経質なご時世です。
それは当たり前で仕方のないことでしょう。
しかしGさんは匿名でなく個人名とご住所を明記されていました。
このことに対して私は、
ブログだけで返事をすることになんだか味気なさを感じ、
「俺も真摯に応えたいな。手書きで書こう!」
とつい思ってしまい、慣れない手紙を書くことにしました。
でも筆不精(というより手紙なんて書いたことがない)私が、
一発で便箋に書くことはできません。
ブログも同じですが下書きをしなければ無理です。
やはり予想通り、中々思ったことが文章にまとまらず、
下書きだけでダラダラ時間だけが過ぎてしまい、
そして、清書するときも
「便箋に文字を書き続けることがこんなに難しかったのか!」
と書きながら思いました。
そして書き終えて、
「まぁ、50才にして良い経験をしたなぁ」
と思うと共に、
「慣れない手書きはもう止めよう」と思いました。(笑)
ご質問はこの三つ
とりとめもなく、あーだ、こーだ、と長々書きましたが、
最後にGさんのご質問は以下の3つです。
①治療中の話(新アーカイブ)はどこかで学ばれましたか?
②そのようなことを学べる書籍はありますか?
③合気道を続けることで心は定まりますか?
です。
ここまで大袈裟に書いてきましたが、
まぁ、改めて読めば確かに私の杞憂ですね。(;^_^A
前置きが長くなりましたが、
次回からご質問に対する答えを書きます。
尚、いつになるかはわかりません。
気長にお待ちください。m(_ _ )m
(※これは2017-05-05のブログ記事です)
<お願い>
これは「ひとりごと」として、その時の私の伝えたいことをランダムに採り上げ書いたものです。
もちろん、治療中にお話ししたことでもありますが、テーマについて全く私と会話をしたことが無い人が読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けるようお願いいたします。