【回顧録】私の体に起こったこと ③(入院編・前半)

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ここからは入院編です。

入院編 前半 12/19~12/25

入院前夜  12/18夜

12/18の夜、明日から入院するため着替えなどを用意しました。

実は最初の入院の話が出た時(11/20)に、万が一、悪化して急に入院することになっても大丈夫なように、新しいパジャマと下着類、履物などは既に用意していました。

それらを再び集めて鞄に詰めていました。

薬の効果か、目はいつもより見やすく作業は意外と素早くできました。

しかし22時頃には切れてきて再び見づらさが出てきました。

このとき私は「14時に服用し22時まで効いた感じがする。ということは薬の効果は8時間ぐらいあるのか? そうなら3回の服用で丸一日持つのかも?だったら生活は何とかなるか?」と計算しました。

 

入院初日の朝  12/19(金)

12/19、朝起きた時、やはり薬の効果は無くなっていて、目は開けづらく複視も顕著に出てました。
仕方ないので朝食後に2回目のメスチノンを服用をしました。

20~30分で徐々に効果は表れてきました。
複視が軽減して、やること為すことが楽になりました。

私は、入院のための荷物を持ってバスで病院に向かいました。

なぜ、体が不自由なのにバスにしたのか?と言うと、はじめはタクシーで行くことにしてました。
でも急にお金が勿体ないというケチな考えが出てきました。

(それまでも何回もタクシーで病院の行き来しました。しかし生活が一変します。働けるか分かりません。これから幾ら掛かるか分かりません。少しでも節約です。)

いや、それ以上に仰々しく病人候な感じがして嫌だったことと、できるだけ自分の手足を使って自力で動きたかったこと、そもそも急ぐ必要がなかったこと等で少々不便ですがバスにしました。

(病気に対する私なりの抵抗です。まだまだ元気だぞ!と自分自身に示したかったのです)

 

病院に到着

そして9時ごろ病院に到着しました。

受付を済まし、しばらくしたら脳神経内科の外来の看護師さんが対応してくれました。

この看護師さんは、テンシロンテストのとき主治医の先生と一緒に立ち会った人です。

私は看護師さんに、昨日の夕方からのこと、そして今朝から今に至るまでのことを話し、「今ね、メスチノンが効いて看護師さんの顔が一つに見えていますよ。あの時は二つでしたけどね。」と嬉しそうに話しました。

病気が病気です。
その看護師さんは、私の言葉に喜んでいいのか、悪いのか、複雑な表情をしていました。

そして私を気遣かって私の荷物を運ぶのを手伝ってくれようとしました。

でも私は、
「ありがとうございます。でもまだまだ大丈夫です。これぐらい何ともありません。今は薬で力も出ますし目も見えてますから。」
といって丁寧に断りました。

だって、この看護師さんは私より小さく華奢なんです。
大の男が何も持たず、代わりに華奢な若い女性が大きな荷物を持つ姿は、周りの事情を知らない人が見たらおかしな姿です。

(マスク越しでも可愛らしい看護師さんだと一瞬で認識したので、つい、反射的にいつものスケベ心でカッコつけたいという気持ちが出たのです。たとえ病気でも男の性は変わりませんね。)

 

そして診察室に呼ばれ、主治医の先生に先ほど看護師さんに話したことと同じことを話しました。

先生は
「現時点では、重症筋無力症と確定はできませんが、治療としては重症筋無力症として行います。治療法としては、二つあります。一つは拒絶していた血液製剤を使用した免疫療法を5日連続点滴し、その後、ステロイドパルスという免疫抑制を点滴するもの。もう一つは、免疫療法をせずに代わりに少ない量のステロイドを何日間かした後に先ほどのステロイドパルスを行う方法です。」
と説明されました。

私は「一つ目の、免疫療法とステロイドの両方を行う方でお願いします。」と答えました。

私としては、入院で治療を受けると決めた時から血液製剤に対する偏見を止めると決めました。

そもそも現代医学の治療に対しては素人です。
受けると決めたのなら、中途半端な方法でなく最善と推奨される方法を受けた方が、自分が納得すると思ったからです。

人生は全て自己責任です。
自分が決めたのなら、どんな結果でも受け入れる覚悟はできています。

ということで、あれだけ避けていた血液製剤を有難く受けることにしました。

 

左前腕に点滴用のチューブの付いた針を刺し、そこから各種の血液検査のため採血した後、その針を刺したまま入院病棟に向かいました。

そして、ここから10日間の点滴が始まりました。

 

免疫グロブリン点滴始まる

結局、初日はお昼からの入院になりました。

昼食を済ませた後、15時ごろから例の免疫療法(免疫グロブリン)の点滴が始まりました。

一日で50mlの瓶を4本点滴します。時間にして約2時間30分です。
これを5日間連続で行ないます。

1本目の免疫グロブリン点滴が終わったとき、気分の悪さと微熱がでました。
しかし直ぐに治まり、その後からは発熱も気分の悪さもなく残り3本ができました。

この免疫グロブリンと一緒に500mlの補液もします。こちらは50ml/時間で入れるので10時間掛かります。

そのため初日は15時から日を跨いで深夜1時まで点滴をしました。

点滴しながらでも歩くことも食事もトイレもできますが、やはり不便です。
初日ということで慣れないせいもあってとても疲れました。

入院2日目  12/20

今日から内服薬も始まります。
それは2種類の免疫抑制剤です。これには二つの目的があります。

自己免疫疾患の原因は自己免疫の暴走です。なぜ暴走するのかは、その仕組みは全くの不明です。とにかく暴走なんです。
内服薬はその暴走を止めることが目的の一つです。

もう一つは、5日後から始まるステロイドパルスという強力な免疫抑制の治療に備えて、早い段階で体をステロイドに慣らすためです。

ステロイドは胃腸にも副作用が出るらしいので胃腸薬も同時に処方されました。

それとやはり免疫抑制をしますので感染症に気を付けることを注意されました。

そうそう、例の点滴ですが、初日は10時間も掛かりましたが、実は免疫グロブリンが終わったら、その時点で補液も終わってもよいことになりました。

免疫グロブリン液は粘りのある液体なので、そのを流れやすくするために補液をしてたらしく、免疫グロブリンが終われば、その時点で補液の必要はなかったらしいのです。

残ってても破棄していいものだったらしいです。
(もちろん体に入れても何の害もないものです。)

ということで二日目から10時間も点滴せずに済むことになり、大分、精神的にも肉体的にも楽になりました。

夕方には、初めてシャワーも浴びることができました。
ただ、点滴の針を着けたままなので動作に神経を使いますね。

 

入院3日目、4日目、5日目  12/21~12/23

入院3日目、4日目、5日目も同じような日が続きます。

大体。朝の10時過ぎから免疫グロブリン点滴が始まり、昼食後の13時過ぎまで続きました。

その後もやることがないので、ただ一日をずーっとベッドの上で過ごすだけです。
これは初日から変わってません。

では、身体的の改善は?・・・残念ながら特に改善したところはありません。
むしろ少しずつ悪化していました。

以前、先生からも「免疫療法を受けても直ぐには良くならない」と聞いていたので仕方ないと思ってました。

 

この3日間の状態

例えば12/21は、前日の薬の効果が残っていたのか、ちょっと見やすかったですが、夜はその反対で見づらくなってます。

12/22も同様で、一日の中で調子の波があるようです。

12/23は、残念ですが起床時から左右方向のズレが大きくなりました。

そのため手元がかなり見づらくなり、片目にしないと文字が書けなくなってました。

(入院にあたって、その日々のことを記録するためにB6のノートを持っていきました。それが両眼では書けなくなったのです。)

特に夜は最悪で老眼鏡をかけて焦点を合わせようとしてもボケて見えなかったです。
調子のいい時間に病院のコンビニで買った小説が読めませんでした。

 

ちなみに、この12/23が、例の免疫グロブリン点滴の最終日でした。

明日から免疫抑制のステロイドパルスが始まります。

 

3日間のステロイドパルスが始まる  12/24~12/26

12/24の朝は、昨晩(12/23)の調子の悪さは、一旦治まり、なんとか手元が見えていました。

今日からステロイドパルスです。

大量のステロイドを投与して炎症を抑え、且つ、免疫作用も抑える(暴走はもちろん正常も抑えます)ものらしいです。

私の場合、通称ハーフパルスと言って一日500㎎のステロイドを3日間点滴し計1500㎎投与する予定です。
(入院2日目から毎朝服用しているステロイドは5㎎です、その100倍です。)

点滴時間は約1時間で済むので楽でした。

 

フルだと一日1,000㎎を3日間点滴し計3,000㎎投与らしいです。
症状の重症度によって変わるそうです。
ちなみに人間は一日に5~10㎎の副腎皮質ホルモンを分泌するそうです。
(ステロイドは人工の副腎皮質ホルモンです)
私の場合、一日に私の体が分泌する副腎皮質ホルモンの50~100倍を投与することになります。

そんなに大量を投与するので、当然、副作用もあります。

まずは血糖が上がるらしく、その血糖をコントロールする必要があります。

そのため早朝、昼食前、夕食前の3回、血糖値を測定します。
もし血糖値が200を超えたらインスリンを注射するそうです。

もう一つは、感情の起伏が起こるらしいです。
喜怒哀楽が激しくなる人もいて、中には鬱になる人もいるそうです。

不眠も起こるそうです。交感神経を高ぶらせるので眠れないそうです。

他にも色々沢山あるようで、上げればキリが無いほどあります。

 

私の場合は・・・不眠でした 血糖は大丈夫でした

私の場合は、不眠が起こりました。

12/24の初日は全く眠れませんでした。
翌朝まで起きていてズーっと窓の外を見てました。

ただ夜なので暗闇に中に光る信号機や車のライト、マンションや家、街灯の明かり見えるだけです。
昼間のように建物などは見えませんのでピカソの絵にはなりません。

暗闇の中のその明かりが星のようにキレイです。

私の場合、複視ですからその明かりが2倍になっています。
普通の人の2倍のキラキラが8階の病室の窓から見えました。
岐阜の北の夜景でしたが飽きることはなかったです。

(ただし、片眼で見ると一瞬で半分のキラキラになり寂しくなります。)

幸いにも、血糖については許容範囲内に収まっていてインスリンは不要でした。

しかし糖質制限をされますから、唯一の楽しみだったシャワー後のおやつタイムが無しになりました。

(コーヒーは無糖ならOKだったので、ブラック好きの私はコーヒーだけ飲んでました)

鬱や感情の起伏についても全く大丈夫でした。
後から書きますが、内観をしていたお陰で精神的には安定していました。

血圧や体温、その他も全く大丈夫でした。

 

2日目の12/25

12/25の朝は、昨晩が全く眠れなかったことの影響で、目の方もいつもに増して見づらくなってました。

日中も、これまでの日々と同じで、症状が改善することはありませんでした。

ズレも、上下はもちろん左右も大きくなったままでした。
発症して一番のズレ幅かもしれません。

このことを夕方に回診で来られた主治医の先生にお伝えしました。
先生は、「ん~ん~・・・。」という様な表情をしていました。

そして、明日が12/26、ステロイドパルスの最終日です。

ここまでが、入院の前半です。
以下からは、点滴以外にしていたことを書きます。

 

点滴以外は何をしていたのか?

この病院では、テレビとWi-Fiと冷蔵庫はセットで別途契約をしなければなりません。

私は複視です。手元以外の殆どがまともに見えませんので当然テレビは見えません。
冬ですから冷蔵庫も不要です。そもそもスマホは嫌いなので使いません。
よって契約をしませんでした。

だったら点滴以外は何をしていたのでしょうか?

 

メスチノンが効率よく働く時間帯を調べる

例のメスチノンという重症筋無力症の症状を改善する薬ですが、どのタイミングで服用したら効率よく症状を軽減して一日を過ごせるのか?を調べていました。

この薬は、一日に3錠までしか服用できないそうです。

そのため患者さんたちは、自分の一日の行動パターンを考慮して、生活に支署が出ないように服用するらしいです。

重症筋無力症は、神経の受容体が自己免疫で破壊され神経の信号が上手く伝達出来ないことで起こるものです。
その症状を軽減させるには神経伝達物質(アセチルコリン)の濃度を高くすることです。
そのためにアセチルコリンという神経伝達物質の分解を抑制し濃度を高く保つ必要があります。その働きをするのがメスチノンという薬です。
一般的には、午前中の方が体を動かしていないのでアセチルコリンの濃度が比較的高いため症状が軽く、一方、夕方になるにつれ体を動かした時間が長くなるのでアセチルコリンの濃度が低くなり、症状が出てやすくなります。

私も退院後の生活を考えて、闇雲に食後に服用するのでなく、自分の一日の行動パターンを考慮して服用することを心掛けなければならないのです。

だから、服用する時間をメモし、その後の効き方を随時ノートに記しながら一日を過ごしていました。

 

初めて服用したときは8時間ぐらい効果があると思ってましたが、実際はそんなに長くは持ちませんでした。

調子の悪いときは2時間で効果が薄れたこともありましたが、平均すれば大体、1回の服用で4~5時間ですね。

つまり3回で12~15時間、なんとか日中の活動時間帯が確保できるかな?という程度です。

今のステロイドパルスが効いて、なんとか少しでも効果が持続するようになれば!と思ってました。

 

これ以外でしていたこと  それは内観です

本当に時間が沢山ありました。

やることは、トイレと食事、シャワー、あとは夜に8階から1階のコンビニへ運動不足解消に階段で行くだけの散歩です。

(1階へ行くことは感染リスクがあるので、一般の患者さんが多い日中は避けるように、と指導されていました。)

ベッドの上では、小説を読むだけです。

でも直ぐに目が疲れピントが合わなくなります。精々一日に1時間ぐらいです。初日に買った小説は読み終わるのに6日掛かりました。

 

そうそう、もちろん鍼治療もしていました。

鍼といっても通常の皮膚に刺すものではありません。

鍉鍼(ていしん)という銀製の特殊な鍼です。
(患者さんが普段セルフケアでやっている爪楊枝鍼の高級バージョンと思ってもらえればいいです。)

これだと皮膚に刺ささないので消毒が要りません。
ベッドの上でいつでも簡単に治療ができます。

一日に2~3回ぐらいやってました。
眠れないときも夜中に鍼をすると気分が落ち着き眠り易くなりました。

 

その他は、ズーっと天井を見てるか、窓の外を見てることしかしていません。

そして、自分の心を見つめていました
つまり内観です。

昼間、眠ることは殆どしていませんでした。
そもそも眠くなかったし、ズーっと内観をしていました。

外部からの情報を一切遮断して、日常生活からも完全に離脱して、自分の心の中を見つめること、これは今の私にとってとても大切なことでした。

それをするために入院をしたと言っても過言ではないことでした。

今回、私がこのような体になったことの真の原因を見つけるために、とても大切な時間をもらったと思っていたので、この全く何もしない時間は全然苦にはなりませんでした。

むしろ、内観を重ねるたびに私の心が段々と洗われる、浄化されるように感じました。

本来の心の自由を取り戻している様に感じるようになりました。

そして体は全然改善していませんが、私の内側にとても強く且つ静かで安心できる力の様なものを感じていました。

単なる自信というものではないです。もっと大きく安定したものです。

 

この様に今まで気づけなかったことに気づけて本当に良かったと感じました。

このことについての詳しい話は別の機会に書いてみます。

以上です。

この後半である12/26以降は、まだ全く書けてません。
早々に書き上げて投稿します。

 

【2026/01/08 追加】

【回顧録】私の体に起こったこと 完(入院編・後半~退院後)
いよいよ後半です。そして完結編です。正直、ここまで長すぎたので、ここからは出来るだけ簡略して書きます。(^^;入院編 後半 12/26~12/31入院8日目 12/2612/26の朝、起床して天井を何気に見ていると、なんだか今までとは違う感...

 

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