幸いにも一般的な予後にはならなかった
回顧録にも書きましたが、今回、私は重症筋無力症の疑いで入院治療を受けました。
その治療の結果は下記のようになりました。
- ①:自己抗体への治療の終盤(12/26)から急に改善し始め、これまでとは正反対の現象を起こった(良い意味で一般的な予後にならず回復した)
- ②:その回復も予想を遥かに上回る早さで起きたこと
- ③:上述の①②から別の疾患の疑いが出て、その原因を探したが全く異常が見つからなかったこと
これらの事実から1/6の診察時に、現代医学的には原因不明の疾患となり経過観察になったことに私自身が一番驚いています。
(現在の私の状態は、メスチノンは12/26から、免疫抑制剤は退院後から全く服用せずに、複視はほぼ完治、体幹や四肢の筋力は正常に戻ってます。)
では、何故こんなことが起こったのでしょうか?
私なりに考えてみました。
(いつもの様にかなり長い文章です。覚悟して読んでください)
病気は体からのメッセージです
私は常々
「病気は全て体からのメッセージです。それは『自分を愛し他人を愛し幸せに生きてほしい』というメッセージです。ゆえに本気でその病気を治したいのなら、あなたがメッセージを受け取り自分や他人を愛することですよ。」
と話しています。
今回、私自身に起こったことも例外なくメッセージです。
要は、私自身が、自分を愛さず、そして他人を愛さずに生きていたから起こったのです。(偶然や不運でなく必然ということです)
実のところ、心当たりはありました。
いや、心当たりと言うよりも、ずーっと前から私は自覚していましたが、どうしても手放すことが出来ていなかったのです。
それが、とうとう自分の体を通じて表立って現れたのです。
だから入院を決意した時から、私がやるべきことは「自分自身の心を癒すこと」と分かっていました。
そして実際に心の癒しを私は実践しました。
そのお陰で自分でも驚くほどの速さで回復していったのだと私は捉えています。
(病気はメッセージです。患者がメッセージを受け取ったならばメッセージは不要になり消えます。つまり治るのです。これは絵空事ではありません。当院の患者さんの一部の方では、実際に奇跡的な治癒や寛解は起こっています。)
どの様に心を癒したのか?
では、私はどのようにして私自身の心を癒したのかを説明します。
一人二役で自分にカウンセリングをした
いつも患者さんとカウンセリングしていることを自分自身に行っただけです。
つまり治療家役と患者役の一人二役を私は行ったのです。
一人二役といっても別に難しいことではありません。
ただ自問自答しただけです。
これは私が普段からやってることです。
(暇なとき、例えば散歩してるときなど、ずーっとやってます)
こんなことは私だけでなく多くの人もやっているのではないか?と思いますが、皆さんは実際のところどうでしょうか?
ただ、私の場合は、もう既に答えが決まってるのです。
それが先ほど書いた「自分を愛し、他人を愛すること」という答えです。
(この世に生まれた人間全員に与えられた人生の宿題と私は思っています。)
これが、私と患者さんと通称カウンセリングと呼んでいる会話の骨子になっていることです。
この骨子、つまり自問自答のテンプレートが既に私に中にありますから余計な考え方をしないので葛藤が生じ難いのです。
一般的に人は悩んだとき、答えが決まっていないものに対して自問自答することが多いと思います。
そうなると、答えのない自分に向けた問いだけが残りつづけ、時間をかけても納得する答えが見つからなければ、いつしかそこから不安が生じ、思考すること自体に疑念が混じります。
その疑念からは葛藤が生じ、その葛藤からは、いつしか終わりのない自問自答のループに陥ります。
すると心は思考を停止するか、または、自分や他人に対してのやり場のない責めが起こり、時とともに澱のような苦悩に転じ、解決しないまま心の奥底に溜まります。
だから難しいのです。
でも私の場合は、上述したように既に答えのテンプレートが決まってますから、それに則り自問自答するので葛藤することが殆ど起こりません。
あとは本気でそれを実践するだけです。
そして今回の入院中に私は本気で実践したということです。
つまりは、普段の自問自答では手放せなかった私を苦しめる価値観や執着を、やっと手放したということです。
テンプレートの内容は?
では、その骨子、テンプレートの内容は?と言うと、当院のHPにあるブログに書いてあることです。
このブログは、患者さんが私との会話の内容を忘れてしまうから、何とか思い出せるように!と言われたため、各々の会話の備忘録として書いていたものです。
(最近は面倒臭くなり書いてませんが)
これらはその時々の気分で投稿したものですから、そこに統一性がありません。
そのため今ではどこから読んでいいものかが分かり辛い状態です。
だから、もう読む人はいないと思います。
(私自身も読み返したいとは思いませんし)
これらを放置しているのはイカンなと前々から思いながらも、全然やる気が出ないので、ずーっと何年も放置していました。
しかし今回、偶然にも(いや必然ですね)昨年10月ごろから一念発起して、(最近の私が語っていることも含めて)纏めはじめたのです。
今回はその纏めたものをブログにアップするのでなく、「①治療後の注意事項(治療後の気を下げない過ごし方)」「②気を高めて健康で幸せに生きるコツ、『あるがままの自分を愛し、他人も同じ様に愛すること』」という長い題名を付け、下の画像のようにA4用紙2枚分に書き記し、プリントして患者さんに配り始めたということです。


画像が見づらい方は、↓がPDFです
完成した時期と同じ時期に私にメッセージが届いた
で、偶然か?必然か?これが完成したとほぼ同時期に、私の体に病気というメッセージが届いたということです。
それはまるで「自分で書いたことをちゃんと実践できますか?」と言わんがばかりにです。
自分でも何度も考えて要点を纏めて書いたので、テンプレートとしてしっかり頭に入ってましたから、それに則って自問自答するだけでした。
その結果、私自身の心の癒しに役立ったということです。
そして自分でも思いもよらぬ勢いで回復していったということです。
(言い換えれば、どれだけ私はバカバカしい価値観や執着で、自分が内側に持っている偉大な力を弱めていたのかが自覚できました。私は「長い間アホらしいことに執着して生きていたんだな~」と痛感しました。)
テンプレートは誰にでも通用するか?
もちろん、このテンプレートを自分の頭の中で構築できるまでは、私も思考のループに陥ってとても苦労しました。
何年も何年も悩み続けてやっと構築したこのテンプレートは、私には通用しますが、他の人に対しては通用するのか?は、その人次第と思います。
私と価値観が近ければ理解し易いと思いますが、遠ければ「何言ってんの?」となりダメでしょうね。
そのためこの2枚の紙をお渡しするときも「当院の考え方が書いてあります。お暇なときにでも目を通してみてください。」と言っているだけで、強くは勧めていません。
(何事も「時期」というものがあります。その人にとって必要となる時期が来れば自然と関心が向くものです。)
私は何を手放したのか?
では、私が手放したものは何だったのか?
それは怒りです。
何に対してか?
それは、この世界に!です。
私は2020年から始まった例のコ□ナ騒動以来、この世界に対し激しい怒りを覚え、それが手放せなかったのです。誰か特定の人物に対してではなく、世界全体に対しての怒りです。
私は若い頃から、この世界に対し生き辛さを感じていましたが、コ□ナ茶番が始まってから顕著になった理不尽で不条理なこの世界の様々なシステムに対しての怒りが収まらなくなっていたのです。
私欲や利権で腐敗した政治はもちろん、行き過ぎる拝金主義からの産業や金融システム、人間の多様性の尊重を謳いながら現実は独善を押し付ける全体主義と管理社会志向、それに伴い公平や中立性を捨て偏向報道をするマスゴミなど、ありとあらゆるもの全部にです。
(私も人間、欲はあります。お金も欲しいと思います。でもね、今の社会構造は搾取が酷すぎる。「自分さえ良ければいい」という人が多すぎる気がします)
私は偉そうに「健康で幸せに生きるために自分を愛し他人を愛することの必然性」を謳っておきながら、実際は自分とは価値観の異なる世の中の人々を許容できていなかったのです。
いつもどこかでイライラし腹を立てていたのです。
(テレビのニュースやワイドショー、新聞、Webニュース等を見ないようにしていましたが、それは蓋をしていただけで許容してはいません。人との会話など様々なところから情報は耳に入りイライラしていたのです。)
私は「正しいか間違ってるかには関係なくネガティブな感情は貴方の気を下げ病気や不幸を引き寄せますよ。」と患者さんにいつも語ってました。
当然、自分に対しても「これ以上怒ってはいけない。関心を向けてはいけない、赦すことだ。」と内心で思ってましたが・・・、残念ですがそれらが上手く出来なかったのです。
気づくと自分の中の独善的な価値観がこの世界を裁いていたのです。
ゆえに私が病気になったことは必然と言えるのです。
私に届いたメッセージの内容は何だったのか?
怒りとは?
私は先ほど「怒り」を手放したと書きました。
怒りとは、攻撃です。
世界に対して、私は心の中で批判し、非難し、攻撃していたのです。
それは、同時に自分に対しても攻撃をしていたと同じことです。
どんな攻撃か?
それは「弱さ」という攻撃です。
強い者は攻撃しません。闘いません。
強い者は優しいのです。
自分を許容すると同時に相手をも許容するのです。
しかし私は、自分以外の者を非難することで自分を弱い存在と認識し、自分から自信を奪い、自分を不安にさせ恐怖を与え、その結果、自分自身の心を傷つけ責めていたのです。
弱い者だけが、私の様に自分の内側にあるこの恐怖から逃れるために自分の外に向かって攻撃をするのです。
(「自分は悪くない、自分がこんなひどい目に合うのは、全部自分の周りのせいだ!」と他人のせいにして生きることです)
それが自分に向かっての攻撃でもあると、人は全く気づかずにしているのです。
なぜ自己免疫疾患になった?
私は結局のところ世界に怒りを覚えながら自分自身を攻め続けていたのです。
だから自己免疫疾患という象徴的な病気になったのです。
私に現れた症状の意味は
なぜ私は複視になったのか?
なぜ私は、体から複視という症状のメッセージが届いたのでしょうか?
私は「お前は今二つの世界を見ているが、どちらの世界が見たいの?」という問いの様に思いました。
それは、「今までの様に、これからも理不尽で不条理な世界に対し怒り続けて生きたいのか?」 それとも「世界を赦し、愛し、いつか平和で穏やかな世界なることを信じて生きるのか?」という意味の問いです。
本当に私の眼には二つの世界が見えていました。
まさしくこの様な問いを誰かからされているように思いました。
そして私は自分のために後者(赦し愛して生きる)を選びました。
なぜ脱力のなったのか
もう一つの症状の体幹や四肢の脱力は、世界に対して、いや、自分の人生に対して気力を失っていたことを象徴しているようでした。
先ほども書きましたが、本当にこの世界が大嫌いでした。
いくら不条理や理不尽を訴えても、自分の周りの殆どの人が聞く耳を持たず、偏ったテレビの情報を鵜吞みにし、自分で調べ考え判断ようとしない現実に、次第に無力感を感じていきました。
そんなこんなで、自分が日々生きることがアホらしく感じてたことが、私の四肢や体幹の脱力として現れたと私は解釈しました。
全ては私の中にある独善的な価値観が原因
でもこれらは全部私の執着から生じたものです。
それは私の中の独善的な価値観が生んだことです。
世界をあるがままに愛さない自分へのメッセージになったのです。
「人生は虚構、自分しか存在していない。」という私のブログ記事で書いているように、自分の人生は映画のようなものであり、その製作者は自分であり、主役も自分、観客も自分なのです。

私が自分の人生をハッピーな映画にしたいのなら、私は周りを変えるのでなく、私自身の内側(心)を変えることなのです。
世界を裁き批判するのでなく、あるがままの世界を、その中で生きる全ての人々を愛する心に私自身が変わることだったのです。
いつ実践するの?と問われた
こんなこと・・・・ずーっと前から分かっちゃいたのですが・・・出来なかったのです。
いや、出来ないではなく・・・やってこなかったんです。
では、なぜ私は、やってこなかったのか?
多分、心の奥の何処かで、世界や人々を批判することで、被害者面をしながら自分の正当性を誇示し「俺は人とは違うんだ。騙されないぞ!」という小さく薄っぺらな優越感に酔って居たかったのかもしれません。
こんな生き方を続ける私に対して、私の心の奥から「他人に偉そうに語ってることをいつ自分自身は実践するの?」と問われたのが・・・、今回、私に起こった病気なのだと思います。
これらは全て自分が蒔いた種(原因)です。
その実(結果)の全部が容赦なく自分に返ってきたのです。
私にとって今回の病気はかなり強烈なメッセージでした。本当に懲りました。
やっと私は自分の心を変えることを決意できたのです。
もう「裁かない」と、「自分を愛し、他人を愛する」と、「赦し、信頼、感謝」を実践すると。
この様に決めたので、あとは実践するだけです。
そして入院中、まじめにコツコツと実践しました。
自分のために!
この後、具体的にどの様に実践したのかを書きますが、ここまでがあまりに長くなったので一旦終わり、次の「【考察】なぜ私に奇跡的治癒が起こったのか?②」に続きます。


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