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#61 自分を信じて生きてみたらどうだろう

#61 自分を信じて生きてみたらどうだろう

あるがままを受け入れられない。

あるがままを受け入れられない。

それは自分を愛していないから。
自分を信じていないから。

自分の中にある本当の力、
無限の可能性を信じていないから。


人は、自分が認知している能力、
言い換えれば過去の経験値で自分の力を
「これぐらいかな?」見積もっている。

それでは余りに小さすぎる。


誰でも自分でも知らない力を内側に持っている。

それらを発揮するには、
自分の人生で未だ経験したことのない出来事が
起こったときしかない。

経験したことのあるレベルのものなら、
それは越えられると簡単に推測できる。

しかし
それが未知なるレベルであるなら不安になり心細くなる。

でも、
それが実際に起こり越えなければならないものなら、
何とかして越えるしかない。

そのとき、はじめて人は、自分でも知らなかった力を
自分の中から発揮させるのである。


自分の人生に起こったことは
全て自分でなんとかしなければならない。

自分の人生を誰かが代わりに生きてくれることはないから。

これだけは仕方ない。



自分を信じるしかない

ならば、自分を信じるしかない。

自分の中にある未知なる力、
良い意味での可能性を信じるしかない。

そんなのが本当に自分にあるかどうか
そんなことを疑っていても仕方ない。

自分を疑っている内は、自分の人生は何も変わらない。

むしろ疲弊していく一方である。


「私は私を信じる。私の可能性を信じる!」
と、自分自身に宣言するだけである。

周りが信じてくれなくても、そんなことは関係ない。

自分だけは自分を無心に信じるだけである。



ただ、やれることをやるだけ、それだけでいい!

そう宣言したら、
あとはただ、自分に素直に正直に
自分のやれることをやるだけである。

それにより望むこと、望まないこと、
いずれの結果が起こっても、常にあるがままを受け入れ、
自分を信じそこからやれることをやるだけである。

そうすれば、必ず自分の人生は好い方向に変わってゆく。


こう書くと
決して特別なことをしている訳ではないので
本当に変わってゆくのか?疑いたくなると思う。

でも変わるんだよ。

それは自分の気持ち、内面が変わったから。


人の行動には内面が現れているもの。

自分を信じている人の心の視野はとても大きい。
それは自分を信じない人に比べてたら雲泥の差である。


ならば、普段と同じ様な行動をしていても
その結果は自ずと変わってくる。

物事を大きな視野で見れる人が
人生に迷い続けることなんてならない。

自分の可能性を信じているなら無駄な不平不満は言わない。

そんなこといちいち気にしていない。

だから心は疲弊しない。
見えない力、気と言う生命エネルギーは衰えない。
むしろ気は高まってゆく。

こんなことが自分にとって当たり前になれば、
人生だって好転していくにちがいない、っていう訳だ。



自分を信じて生きてみたらどうだろう

自分を疑っても仕方ない。

そこからは喜びや幸せは生まれない。
つまらない人生が待っているだけだ。

折角、この世に生まれたのなら
自分を信じて生きてみたらどうだろう。


自分を信じることに誰からの許可もいらない。

周りからの評価なんて気にすることはない。

もし
「自分を信じるなんて恐ろしくてできない」
とか
「あんたには無理、弱いから自分を信じるなんて止めなさい」
っていう人がいて、決意を邪魔する人がいたら、
そういう人も「あるがまま」受け入れ、
何も反論せずにそのままにしておけばいい。


要は、自分が自分自身に
「私は私を信じる。
 だから何が起こっても自分の可能性を信じて
『いいじゃないか』と言って、あるがままを受け入れる。
 あとは、自分に素直に正直にやれることをやるだけさ。」
って言うだけである。

あとは、この宣言、この決意を、いつするか!である。


もし、この決意を忘れてしまっても構わない。

思い出したら、そこからまた宣言すればいい。
思い出すたびに何度も何度も宣言すればいい。

自分自身のことだから繰り返すことは恥じることはない。
むしろ繰り返すことこそが、より一層心に刻まれるので
いいことなんだよ。






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