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#55 自己否定のレンズ ②

#55 自己否定のレンズ ②

※:前回の続きです

私は心配ばかりしている

そんな私でも年がら年中、
人を疑ってばかりでは生きてけません。
それなりに仲間や友人も出来るでしょう。

気が合うという言葉通り、
価値観の近い人が集まると思います。

価値観が近ければ、
気づかいは要らないし気持ちは楽、
やっぱり楽しでしょうね。


でも人生は思わぬ出来事がつきものです。

自分にはもちろん、親しい仲間に何かあれば心配するでしょうね。
そして特に何も無くても、やっぱり心配してるでしょう。

そんな私は,
相手を心配することが、優しさだと思っているでしょうね。

決して
「心配はいらない、大丈夫さ、
 ちゃんと上手くいくから安心しなよ。」
なんて言うことはないですね。

きっと自分の中の不安を早く消したいがために
「本当に大丈夫なの?」って、相手に尋ねてばかりでしょうね。



私は自分で自分の人生を寂しくする

そればかりか、
「あーだ、こーだ。」と自分勝手なことを言って
私が安心できるように相手に指示や命令をするでしょう。

私に対処できる範囲の中に大切な人を囲っておけば
私は一先ず安心できるから指示をするんです。

でも、それに相手が従わないと
「あんたの為を思って言ったのに!」って,
逆ギレするかもしれませんね。


でも、これらはみんな、私の中の自己否定がそうさせるのです。

自分を信じられない人は、相手も信じられません。
自分と同じ様に相手も弱いものと思っています。

それでも「少しでも安心していたい」
という思いが、その様なことをするのです。

それが愛情だと思い込んでいるのです。

でも、決して愛情ではありません。
相手を「弱い、心配、かわいそう」と捉えていることが
愛情ですか?

これは
「あなたは、かわいそうな存在ですよ。
 一人では不幸なんですよ。私がいなければダメなんですよ。」
って言っているだけなのですから。

私にこんなことばかり言われていたら、
その人達は私から希望と真の強さを感じることはできません。

私と一緒にいれば不安と不満がじわじわと募っていくばかりです。

ならば、本当に安心できるところを求め、
いつかは私から去っていくことは自明の理でしょうね。

この様に私は自分で自分の人生を寂しくしてしまうのです。



心の視野狭窄、偏見や差別、独善が生まれる

私の自己否定が強ければ強いほど
心のレンズの色は比例して益々暗く濃くなっていきます。

心がオープンになることなんてありませんから
心の視野は狭くなる一方でしょうね。

そんな私は物事を近視眼的にしか見れないから、
目先の利益に囚われるでしょう。

大きな視野で見たら危険だと気付くことでも
視野の狭い私にはそのことは分からず、
結局、大損するでしょうね。


それでも私はその原因が自分にあるとは気づきません。

きっと「周りが悪いからだ」
と自分以外に責任を転嫁するでしょう。

そうしないと辛いですからね。

自分を信じることが出来ない私が、
自分の人生の責任は自分にあるなんて思える訳がないです。

それが出来ていたら自己否定になってませんからね。


そんなことが人生で続けば、
私は世の中には邪悪なものがあると思い込むでしょうね。

その邪悪とは、勝手な自分の解釈から起こったもの、
自分を擁護するために作り出したもの、
そう偏見や差別です。


偏見や差別はまるで魚眼レンズのようなものです。

私にとって嫌いなものは邪悪にしか見れませんから、
それと仲良くなんて出来る訳がないです。

むしろそういったものを消滅することが、
自分やみんなの為になる、
という自分勝手な正義感に囚われるでしょうね。

そう、とっても危険な価値観、独善が誕生するのです。

レンズを替えるしかない

自分を愛せないということ、
それは自分を信頼できない、
あるがままの自分を受け入れないという自己否定です。

そこから
心の視野狭窄、偏見や差別、独善が生まれるのです。


こんなことになったら
私は平和に幸せに生きることなんてできません。

私の心は疲れ、いつしか心身が病んでしまいます。

でも私のこの不幸の原因は、
私が心に自己否定というレンズを着けたからなのです。

決してこの世界や私自身が悪い訳ではないのです。

ならば私がこのレンズを外し、
代わりに自己肯定のレンズを着ければ
同じ世界が私には違って見えるはずです。


自己肯定とは、
自分を愛することです。
自分の可能性を常に信頼し、
あるがままの自分を受け入れている自分です。


私が本当にこの不幸な人生から脱出したいと願うなら
私は自ら自己否定のレンズから自己肯定のレンズに
架け替えるしかないのです。

そう、あるがまままの自分を受け入れ、
自分の中にある本当の力を信じること、

つまり、
自分を愛するという自己肯定のレンズに替えるしかないのです。


ちょっと大袈裟に書いてみましたが、
現代に生きる多くの人の心には、程度の差があるとは言え、
この様な傾向があると私は思います。

私自身、過去を振り返ればこの様な傾向はありました。
だから、私が人生に躓き心が病んでしまったことは、
今から思えば必然だったと言えるのです。

できれば、これを読んだ人には、
このバカバカしい自己否定のレンズの存在に気づいてもらい、
早く外してほしいと願っています。






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