気を調え心を癒す・きぼう堂鍼灸治療院へようこそ。

「他人を心配…②」

他人(ひと)を心配する人 ②

前回の続きです。

強さを履き違えている人の場合

「自分は大丈夫、でも自分以外の人は心配だ。」
と捉える人は、人間の強さの意味を
履き違えている固定観念の持ち主の人です。

こう言う人は、心配の原因が自分の心の中にある
と気づいていません。

あまりに多くの心配事を見つけると
その不安を解消しようとして、
自分を心配させる相手に向かって
「あなたのためを想って言っていんだ。やっているんだ。」
と考え、時にはお節介なことをしたりします。

でもこれもただ単に処理できない自分の心の不安を
相手に向かって外に吐き出しただけであり、
そのこと認めたくないために無意識に自己弁護して、
「これは私の愛情なんだ、親切心なんだ。」と思い込んでいるのです。

愛情と自分の不安を勘違いししている

昔から親が子を想う言葉で
「親が子供のことを心配するのは当り前だ!」
というセルフを聞いたことがあると思います。

これは先の愛情と自分の不安を勘違いししている
典型的な例です。


私たちは何気にこのセリフを受け入れていますが、
よくよく考えてみると、とてもおかしなセリフなのです。

親がかわいい子供に対して
「お前じゃ無理だ」と言っているだけなのですから。

子供からしたら失礼な言葉なのです。


でも、悲しいかな、昔から代々言われ続けているため、
我々はこの考えがが親からの温かい言葉であると
思い込んで喜んでいるのです。

そして今、自分が大人になって
子供に向かってその類の言葉を使うのです

親は幼い頃の自分自身を自分の子供に投影している

今も昔も子供は失敗を沢山します。
何度も間違いも犯します。

でも、それら全てが自分の可能性を知るための経験であり、
そこから何かに気づき、次にどうすればいいのかを
自分で判断し、行動して、また新たな経験をするのです。

この繰り返しが、
自分の中に眠っている可能性を花咲かせるプロセスになり
人間として大きく成長してゆく喜びになるのです。

誰もがその様にして成長し大人になってきたのです。

このことはずーっと変わらない事実です。


しかしこの素晴らしい人生のプロセスを
悪いものとして捉えてしまう親は、自分がどの様に成長して
きたのかが全く理解できていません。

自分が経験した間違いや失敗をダメなものとして捉え、
自分の汚点、欠点として見て、今まで生きてきた全ての自分を
あるがままに受け入れていません。

自分を赦し信頼していません。

そのため、自分の子供には
出来るだけ失敗や間違いをさせないように、
苦しませないようにすることが親の愛情である
と勘違いしています。


そして、もし、子供を平穏無事に育てることができれば、
自分が子供の内に解決してこなかった失敗や間違いを
帳消しに出来るのではないか?と知らず知らずに思い、
自分の記憶にいる幼い頃の自分自身を自分の子供に投影して
過剰に守ることで過去の幼い自分を癒そうとしているのです。

でも、それでは子供の未熟な点だけを見ていることになり、
その子供の長所や、未だ眠るこれからの可能性を信頼することが
できないのです。

そのため子供は自分を信じる機会を親に奪われていることになり
自分の力を無条件に信頼することを学べなくなります。

自分をの成長と共に自分の力を信頼することが出来ない
子供は益々不安になり、皮肉なことに親の心も一向に
癒されることなく益々不安になってしまっているのです。


※長いので次の記事「他人(ひと)を心配する人③」に続きます。




<お願い>
私のブログは「治療中の会話の中で重要な部分だけでも後から思い
出せる様にして欲しい」という患者様からのご要望が元で書き始め
たものです。
従ってこれは会話の一部分の要約であり、お悩みの内容や会話中の
質疑応答などは殆ど省略されています。
そのため、このテーマについて全く私と会話をしたことが無い人が
読んだ場合、意味が通じず誤解を与えることもあると思います。
何卒、その点をご了承の上お読み頂けると幸いです。






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